田岡俊次2019.9.11 07:00AERA
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ソウルの南方60キロの平沢にある在韓米軍司令部。港や空軍基地に近く、対北朝鮮より世界各地への出動に軸足を置いていることがわかる (c)朝日新聞社 |
AERA (アエラ) 2019年 9/16 号【表紙:小栗旬】 [雑誌] 朝日新聞出版 B07WMM85PD amazon.co.jp
米韓のすきま風とは関係なく、米軍の戦闘部隊は韓国から撤退する──。朝鮮半島の軍事バランスを分析することで、そんな近未来が浮かび上がるという。AERA 2019年9月16日号に掲載された記事を紹介する。
8月23日に日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の終了を通告した韓国に対し、米国防総省は「再三の要請が無視された」とし「強い懸念と失望を表明する」との声明を出した
日本では「米軍が韓国から撤退して朝鮮半島が北朝鮮主導で統一され、日本はそれと対決する最前線となるのでは」といった説まで出ている。こうした不安の背景になっているのは「在韓米軍が今日でも韓国防衛の主力」という印象だ。だが実は、在韓米軍の規模は韓国軍と比べればごく小さいのだ。
米国防総省の発表では、昨年9月末の在韓米軍の人員は陸軍1万7200人、空軍8100人など計2万5800人だ。これに対し韓国軍の総人員は62万5千人(英国際戦略研究所発行の『ミリタリー・バランス2019年版』による)。うち陸軍が49万人、空軍が6万5千人、海軍が7万人だ。
米陸軍の総兵力は47万6200人だから、韓国陸軍は人数でそれを上回っている。在韓米陸軍1万7200人は、韓国陸軍の29分の1にすぎない。
韓国陸軍は戦車約2500輌、装甲車約2800輌、ヘリコプター約590機を持つ。ITで米陸軍には劣るが、冷戦終了後急速な軍縮を行ってきた西欧諸国の陸軍と比べ、質的にも遜色は無いとみられる。
米国は朝鮮戦争(1950~53年)では44万人の兵力を投入したが、休戦後大部分は帰国し、冷戦終了の89年には在韓米軍は4万3200人(うち陸軍3万1600人)だった。
韓国駐留はソ連封じ込めの一環だったが、ソ連は崩壊。中国は70年代から米国の准同盟国となり、中国のF8・戦闘機開発に米国が協力するほど親密だった。そのため、当時の米国では「朝鮮での南北対立はもはや内部問題にすぎない」として、在韓米軍廃止論も出ていた。
03年に始めたイラク戦争が長期化したため、米軍は韓国に残っていた「第2歩兵師団」に属した2個旅団のうち、1個旅団を04年にイラクに投入した。イラク戦争が一段落してもその旅団は韓国に戻らず本国に帰った。1個旅団(約4700人)が主体となった「第2歩兵師団」は今や名ばかりで、その人員も常駐ではなく米本土から交代で派遣されるようになった。
かつてこの師団は司令部をソウル北方約20キロの議政府(ウイジョンプ)に置き、北朝鮮軍がソウルに向かう主要経路を押さえていたが、17年7月、ソウル南方約60キロの平沢(ビョンテク)に移駐。在韓国軍司令部なども18年6月そこに移った。北朝鮮軍の多連装ロケット砲や長距離砲による損害を避けると共に、平沢には港があり、烏山(オサン)米空軍基地にも近いから、世界の他の地域への出動に便利なためだ。沖縄の米海兵隊が他の地域への出動のために沖縄で待機しているのと同様だ。
韓国に駐留する米空軍が司令部を置く烏山基地はソウルの南約50キロ。ソウルの南約170キロの群山(クンサン)基地と合わせ米空軍の戦闘機・攻撃機はわずかに計84機だ。
韓国空軍も烏山に作戦司令部を置き、戦闘爆撃機F15K59機とF16戦闘機163機が主力。国産の戦闘攻撃機FA50が50機、軽戦闘機F5が174機、旧式のF4Eが60機で、戦闘機・攻撃機は計522機。ステルス戦闘機F35Aも40機購入予定でF4Eと交代する。空中給油機はエアバス社にA330を4機発注、早期警戒機はボーイング737旅客機を基礎としたものが4機だ。在韓米空軍よりはるかに機数が多く、近代化も進めている。
北朝鮮空軍の戦闘機はほとんどが70年代以前に登場した旧式で、新しいものはMiG29が18機だけ。90年にソ連が韓国と国交を樹立してからすでに29年、部品の購入が困難で飛行可能なものはごく少ない。このため韓国空軍は防空に力を入れる必要が薄く、爆撃に集中でき、米空軍への依存度は高くない。
北朝鮮陸軍は兵員110万人と推定されるが装備はひどく旧式で、洞穴陣地から出れば、航空攻撃で壊滅する公算が大だ。
北朝鮮海軍も旧式のフリゲート2隻と中国製の潜水艦20隻。これはソ連が50年代に造ったR型のコピーで戦力にならない。工作員潜入用の小型潜水艇の一部が行動可能と思われる。韓国海軍は1万9千トン級の揚陸艦(ヘリ空母)1隻、潜水艦(1300トン~1900トン)16隻、巡洋艦、駆逐艦、フリゲート計22隻、哨戒艦(1200トン)18隻だから圧倒的優勢だ。
こうした状況だから、韓国軍将校の一部からは米韓連合軍の「戦時作戦統制権」(指揮権)をいまだに米軍が握っていることに不満が出る。米軍は94年に平時の指揮権を韓国軍に譲り、盧武鉉(ノムヒョン)大統領は06年に戦時作戦統制権の返還を求めた。米国もイラク戦争中で戦費に窮し、在韓米軍兵力を削減したかったから、07年2月の米韓国防相会談で両国は12年4月に統制権を韓国に移すことで合意した。
だが財政負担や北朝鮮の核・ミサイル開発への対処といった問題もあり、李明博(イミョンバク)大統領は10年6月の米韓首脳会談で統制権移管を15年12月まで延期することにした。次の朴槿恵(パククネ)大統領も「20年代中ごろまでに」と再度延期した。
文在寅(ムンジェイン)大統領は在任期限の22年5月までに統制権移管の実現を目指している。6月3日、米韓国防長官会談で移管の後は米韓連合軍の司令官に韓国の大将が就任することが確認された。ソウルの龍山(ヨンサン)米軍基地から平沢に移る連合司令部の工事完成は22年初めになる様子だ。
これまで米軍が他国軍の指揮を受けたのは、小部隊が臨時にそうなった場合だけだ。在韓米軍全体が韓国人の司令官の指揮下に入ることを米側が承認したのは、戦闘部隊を撤収する構想があるためではないかと思われる。
米戦闘部隊が撤退したらどうなるのか。もし北朝鮮が自暴自棄となり、核ミサイルを発射するような事態となれば、常にアラスカ沖で待機している米軍の潜水艦から弾道ミサイルで報復核攻撃することで、数日で大勢が決する可能性が高く、「有事来援」は間に合わない。通常兵器による戦争なら韓国軍は独力で北朝鮮軍を撃退できるだろうが、核兵器使用やミサイル防衛、偵察衛星、サイバー戦などは米軍に頼らざるをえない。米韓連合軍司令官になった韓国の大将は、副司令官の米軍将官と常に協議し、勧告を受ける立場となりそうで、実態は今とあまり変わらず、韓国軍の面目が保てるだけかもしれない。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)
※AERA 2019年9月16日号
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